【日記の最新記事】
2006年05月26日
2006年05月25日
2006年05月24日
卓球
blogをいろいろ見ていると、卓球をテーマにしたものがあった。卓球でいくつか思い出したことがあるので、書いてみる。
そもそも、私の卓球の実力は中の中だろう。
少なくとも下ではない自信はある。中学1年の時、かなりハマっていた時期があった。ラケットを買った。授業の合間の10分休憩でも卓球をやりにいった。あらゆる手を使って、卓球台により早く着くようダッシュした。思えば、卓球台がいつでも使える恵まれた中学に行っていたし、あの頃は我欲に素直な行動をとっていたものだ。
というか、あの時の10分は恐ろしく長かった。今なら10分は、一瞬にして去ってしまう。あの時は長いし時に苦痛だった。眠くない、便所に行く必要もない、宿題はしている。その時のやることのなさに苦痛になった記憶すらまだある。
卓球の話に戻すが、当時のハマり具合のおかげで、基礎力がついたのか、以後授業で卓球をやるとクラスの中ではそこそこ強い部類に入るようになった。何せ一時は卓球部に入部を検討するほどだった。結局入らず、ワンダーフォーゲル部に半年だけ在籍して辞めた。スポーツはそれ以後、ほぼしなくなる。
中の中だと何がいいか、と言えば、それなりに誰と試合をしても白熱することだ。たまにうまい奴がいるが、うまい奴と試合をしても、レベルが歴然と違うので、試合にならない。お互いにフラストレーションがたまる。でも、その例外を除けば、逆によっぽど下手な奴とやらない限り、試合になる。ラリーが生まれる。ラリーになると、試合をしている気になれる。
卓球と地味という点で似ているバトミントンも、地味の点では受け付けているのだが、こちらはどうも、私には合わない。あまりうまくできない。小学生の頃のほうが、よほどうまくやれていたと思うのに。高校の授業であったとき、その自分の下手さに愕然とした。他のスポーツが対していい結果を出せなくても最初から諦めているが、何となく自分に合っていると思えるスポーツに自分が向いていないと自覚させれた時はつらい。
そもそも、私の卓球の実力は中の中だろう。
少なくとも下ではない自信はある。中学1年の時、かなりハマっていた時期があった。ラケットを買った。授業の合間の10分休憩でも卓球をやりにいった。あらゆる手を使って、卓球台により早く着くようダッシュした。思えば、卓球台がいつでも使える恵まれた中学に行っていたし、あの頃は我欲に素直な行動をとっていたものだ。
というか、あの時の10分は恐ろしく長かった。今なら10分は、一瞬にして去ってしまう。あの時は長いし時に苦痛だった。眠くない、便所に行く必要もない、宿題はしている。その時のやることのなさに苦痛になった記憶すらまだある。
卓球の話に戻すが、当時のハマり具合のおかげで、基礎力がついたのか、以後授業で卓球をやるとクラスの中ではそこそこ強い部類に入るようになった。何せ一時は卓球部に入部を検討するほどだった。結局入らず、ワンダーフォーゲル部に半年だけ在籍して辞めた。スポーツはそれ以後、ほぼしなくなる。
中の中だと何がいいか、と言えば、それなりに誰と試合をしても白熱することだ。たまにうまい奴がいるが、うまい奴と試合をしても、レベルが歴然と違うので、試合にならない。お互いにフラストレーションがたまる。でも、その例外を除けば、逆によっぽど下手な奴とやらない限り、試合になる。ラリーが生まれる。ラリーになると、試合をしている気になれる。
卓球と地味という点で似ているバトミントンも、地味の点では受け付けているのだが、こちらはどうも、私には合わない。あまりうまくできない。小学生の頃のほうが、よほどうまくやれていたと思うのに。高校の授業であったとき、その自分の下手さに愕然とした。他のスポーツが対していい結果を出せなくても最初から諦めているが、何となく自分に合っていると思えるスポーツに自分が向いていないと自覚させれた時はつらい。
2006年05月06日
チチカカ湖のいえにえ伝説
友人の尊敬する倉嶋正彦さんの作品を観に、その友人とともに横浜へ行ったときのことだ。
倉嶋さんは長大なCGワールドを作られる方で、「パテンテ」シリーズというキャラクターを用いた作品群に取り組んでおられる。
Webサイトでその作品の一端を見られなくもないが、何せ原寸大の大きさが作品力の肝でもあるので、機会があれば原寸大を見られる作品展に足を運んでいただきたい。
今回はその「パテンテ」シリーズの最新作を含めた4作品を観ることができただけでなく、倉嶋さんとも話す機会があり、作品に関する背景やこちらの疑問に対して直接、真摯に受け答えしていただけた。
その中でどうしても書き残しておきたいことを1点。「パテンテ」シリーズ第1作品の背景にはペルーとボリビアの国境付近にあるマチュ・ピチュ遺跡やチチカカ湖にまつわる伝説、「いえにえ」伝説なるものがあり、そこから想起されて作品が生まれた、とパネルに説明が書かれていた。
この「いえにえ」伝説なるものに惹きつけられ(何せ「いえにえ」伝説に関する説明が全くされておらず、その不親切さがかえってこちらの心を強くゆさぶることとなった)、同行者の友人と侃侃諤諤の議論を展開してもいたのだ。
すでに倉嶋さんとは新作と強く関わる地カンボジア、アンコールワット遺跡を巡る話を一通り聞いた後だったが、聞かずにはおれず、話を向けると……。
「あ、ごめん。誤植だよ。いけにえ、です」
「!?」
聞くと、展覧会の初日から誤植の指摘はあったらしく、これまでの期間中、来場者からちらほら質問されていたそうだ。
展覧会では、作品を観に来場する皆さんに語りかけ、来場者と同じ目線で作品について話し合うことを大切にされている倉嶋さんだからこそ、この誤植の放置は本来ありえないことである。当日はすでに最終日、閉場時間の差し迫ったタイミングでもあった。
ほんとうに、誤植だったのだろうか。
それが僕たちが下した結論であった。意図的に放置、もしくは最初から分かって「いえにえ」と記したのではないだろうか。
あの作品に惹きつけられた、僕たちをはじめとした来場者が、それぞれの「いえにえ」伝説を胸に秘め、家路に着く。そして、心の中でそれぞれの「いえにえ」伝説が新たに生み出されていく……。
そう夢想せずにはいられないのだ。
倉嶋さんは長大なCGワールドを作られる方で、「パテンテ」シリーズというキャラクターを用いた作品群に取り組んでおられる。
Webサイトでその作品の一端を見られなくもないが、何せ原寸大の大きさが作品力の肝でもあるので、機会があれば原寸大を見られる作品展に足を運んでいただきたい。
今回はその「パテンテ」シリーズの最新作を含めた4作品を観ることができただけでなく、倉嶋さんとも話す機会があり、作品に関する背景やこちらの疑問に対して直接、真摯に受け答えしていただけた。
その中でどうしても書き残しておきたいことを1点。「パテンテ」シリーズ第1作品の背景にはペルーとボリビアの国境付近にあるマチュ・ピチュ遺跡やチチカカ湖にまつわる伝説、「いえにえ」伝説なるものがあり、そこから想起されて作品が生まれた、とパネルに説明が書かれていた。
この「いえにえ」伝説なるものに惹きつけられ(何せ「いえにえ」伝説に関する説明が全くされておらず、その不親切さがかえってこちらの心を強くゆさぶることとなった)、同行者の友人と侃侃諤諤の議論を展開してもいたのだ。
すでに倉嶋さんとは新作と強く関わる地カンボジア、アンコールワット遺跡を巡る話を一通り聞いた後だったが、聞かずにはおれず、話を向けると……。
「あ、ごめん。誤植だよ。いけにえ、です」
「!?」
聞くと、展覧会の初日から誤植の指摘はあったらしく、これまでの期間中、来場者からちらほら質問されていたそうだ。
展覧会では、作品を観に来場する皆さんに語りかけ、来場者と同じ目線で作品について話し合うことを大切にされている倉嶋さんだからこそ、この誤植の放置は本来ありえないことである。当日はすでに最終日、閉場時間の差し迫ったタイミングでもあった。
ほんとうに、誤植だったのだろうか。
それが僕たちが下した結論であった。意図的に放置、もしくは最初から分かって「いえにえ」と記したのではないだろうか。
あの作品に惹きつけられた、僕たちをはじめとした来場者が、それぞれの「いえにえ」伝説を胸に秘め、家路に着く。そして、心の中でそれぞれの「いえにえ」伝説が新たに生み出されていく……。
そう夢想せずにはいられないのだ。

